HISTORY

1964年、六本木。日本のソウルの歴史はここから始まった。伝説の誕生です。

George’sが六本木の防衛庁脇で産声を上げたのが1964年、東京オリンピックの年。
当時、R&Bが全盛期だったベトナム戦争時代、黒人のアメリカ兵たちがジュークボックスのうわさを聞きつけてやってきたのがソウルバーとしてのルーツだ。
店の中はドーナツ版を持参する黒人達でごった返し、George’sはあっという間にソウルの殿堂となった。
狭い店内に大きい体をねじ込むように黒人達が群がったのはソウルだけではない。
店のママ、岡田信子が放つ強力なオーラに巨体の男たちは小さなコガネムシのように引き寄せられていたのだ。
黒人のソウルマンたちが束になっても遮ることの出来ないママのオーラは時として日本人客には強すぎたかもしれない。
白く小さい店の扉がまるで内側から巨大な力が加わっているかのごとく、重くて開けることが出来ないのだ。
George’sに通って長い常連達は、そのオーラを受け止めて生き残った有志達だといっても過言ではないだろう。
George’s の魅力に引き寄せられたのは黒人のアメリカ兵や日本のソウル・ラヴァーズだけではない。

ローリングストーンズ、ビリージョエル、ヴァンヘイレン、レイチャールズ、ジェームスブラウン、チャカカーン、ジャネットジャクソン、クール&ギャング、ナタリーコール、ホール&オーツ、アース・ウィンド&ファイア、ホイットニーヒューストン、エアロスミス、オーティスレディング、チャイライツ、カイリミノーグ、グラディスナイト、レニークラビッツ等々

世界中のアーティスト達が来日するとGeorge’sに立ち寄っていったのである。
店内に張り詰められたサイン入りのポスターは彼らの足跡だ。
日本国内の多くの業界人たちもGeorge’sを実家のように扱った。
彼らの多くは今尚、旅に疲れると帰ってくるのだ。

そんなGeorge’sを切り盛りしたママも病には勝てなかった。
2001年にママは他界、その後、東京ミッドタウンの開発の煽りを受けて2005年4月23日、伝説のソウルバーGeorge’sはついに伝説となった。
その夜、日本中のソウルマンたちが六本木に集結した。中には海外から駆けつけるファンもいたほどだ。
夜8時開店、1時間で店の大量のビールが売り切れた。有志達が近くのコンビニを回ってあるだけのビールを買ってきた。
その夜だけは六本木の酒店からビールが消えたのだった。
朝方になるとどこからとも無くバーテンたちが最後のGeorge’sを拝もうと集まってくる。
別れを惜しんだ人々は酒を飲み続けた。朝7時、まだ外まで溢れかえっていた。
警官がどこからかやってきて注意を施したが、そんな彼もGeorge’sのファンだったのか、閉店の知らせを聞くと黙って去っていった。
人もまばらになった午後2時半、George’sは閉店した。伝説となった瞬間だ。

誰もが行き場を失った船のようだった同じ年の8月24日、突如として伝説が復活した。
場所は西麻布。今まで行き場を失っていた船は、やっと港を見つけたのだ。
その後はGeorge’sが育てた「子供達」がその意思を継いで、日本最古である伝説のソウルバーを継承し続けている。
今のGeorge’sに黒人のアメリカ兵はいない。しかし、ママのオーラと店に染み付いた当時の面影が行き続ける限り、ここは我々のホームであり続けるだろう。
いつものジュークが、いつものように鳴っている。
そんなシンプルなことが一番大切なんだと教えてくれた場所、それがママの魂が宿る店、George’sだ。
George’sの伝説はまだ始まったばかりだ。

By KT